2010年8月1日日曜日

ハワイでお茶つくるのは環境にいい栽培とお茶の個性を生かした作り方が納得されるから

いままでのお茶の概念から離れて、本当のお茶の香り、味わいとは何かを探して、お茶づくりを続けているといろんなことがわかってくる。香りが口に広がるお茶、まったりとしたうまみが広がるお茶、飲んで頭にすーとのぼっていくようなお茶、さっぱりしていて口も体もさわやかの気分になるお茶、どれがいいお茶なのか。

現在のおいしいお茶は、品評会でいい点数をとって、入賞するようなお茶が品質のいい、おいしいお茶と考えられているとおもう。もちろんそれを普通の人が飲んでいるわけじゃないけど、普通に飲んでいる人に「本当においしいお茶はどんなお茶」で聞くと、自信をもった答えが返ってこない。

一般には、形状がきれいでスッと伸びていて、茶葉は濃い緑色で艶があって、持ったかんじはずっしりとして、ウェイトがあってデンシティがある。お湯を入れると、葉がコンパクトに広がり、茶湯も澄んでいて、滑らかな感じがあって、重みがある。さわやかな新緑の香り、または(かぶせ、玉露の場合は)海苔のような奥のある香りがあって、口に入れるとうまみがたっぷりとした、上品な感じの甘さと、渋みと苦味がバランスよくまざっている。

私もいろんな上級茶とか入賞茶をこれが最高のお茶とおもって飲んでいたこともあるけど、簡単にいいお茶というと、こんな感じの説明になると思う。普通煎茶、玉露だけじゃなくて、日本のいろんなタイプのお茶も最終はこんな理想になるとおもう。深蒸し煎茶、釜炒り茶もいい品質で極めていくところは最後は、おなじようなところにたどり着くようにおもう。

私がハワイまで来て、お茶をつくるのは、こんなお茶の常識から離れることができるとおもったし、本当のお茶の本質を見ることができるとおもったから。日本でいくら自分の探しているやりたいことをやっても、最後は飲んでもらえることがなかったら、その土地の自然の文化とお茶が別歩き始めて、その土地、自然環境から離れたお茶になる。日本でできるお茶は日本の環境があるから、できているのかもしれない。

アメリカ人の好み
ハワイとかアメリカでうまみがたっぷりのお茶は基本はタブーで、ロークオリティー。いくらうまみがたっぷりあって、上等のお茶だと説明しても、アメリカ人の食文化とか好みにあわないもので、その土地の環境と文化を無視した押し売りみたいなことになってしまう。日本から来て、お茶を売ろうとしている人はこのことがまだわかっていない。

わたしもまえにアメリカ文化のたっぷり入ったアメリカ人に、上等のうまみたっぷりの煎茶を低温で得意に淹れたけど、反応はこのどろどろしたフィッシィーな味はまずいで、一口飲んであとはいらないといわれた。ショックだったけど、これがアメリカ人の好み。日本でもこんなにはっきりいわないけど、若い人はとくに、うまみにそんなにこだわらない。

肥料と香りと味わいの関係
日本では肥料、とくに窒素肥料をおおく入れるほど、うまみのおおい、テアニンたっぷりのお茶で上等のお茶だということになっている。うまみが多くて、上品な甘さということになっているけど、肥料を入れると、お茶の香りがなくなる。お茶だけじゃなくて、ハーブでも野菜でも香りがなくなる。バジルでも、パセリでも、セロリでも、肥料を入れないで、きれいないい土だけで育つと、鼻にツンとくるようなきれのあるいい香りになる。野生のものほど、この香りがいい。肥料よりも、堆肥、で人間の作る堆肥よりも、森の土がいい。いろんな落ち葉がベースで、分解されて、土も森の土の香り。土の香りでどんな茶の香りになるかも大体予想できるくらいに、香りが土で影響される。

あと余計な苦味がなくなる。肥料で甘くなるというけど、肥料の甘さはそれ以外のものもついてくる。不自然な苦さが残る。化学肥料ほどじゃないけど、いろんな自然の調味料を足して作った料理みたいに、味がたっぷりついた感じで、口のなかにインパクトはあるけど、Sensory overloadの感じ。

自然の材料だけのさっぱりした感じの満足感と違う。自然のものは味をつけなくても、さっぱりのバランスがあって素直な子供のYesみたいに気持ちがいい。味が足りないじゃなくて、香りがなくなっているのが問題で、肥料の入れすぎも問題。

肥料と環境問題
環境の面から見ると、お茶と肥料の関係は、肥料の入れすぎで地下水とか川の汚染、土の酸性化、土壌ヒューマスの消耗とか、いろんな問題がある。根が弱くて、上ばかり成長しようとするから、バランスがわるくて虫とか病気もいっぱいつく。私がオーガニックの玉露をさがしていたとき、玉露の産地では、農薬なしでお茶はできないとみんないっていた。肥料がおおすぎるから。

一度、肥料なしで玉露作っていたひとがいて、その玉露と煎茶をのんだことがあるけど、さっぱりして飲みやすいけど、ベースになっているリーフは玉露にすることでその個性が消されていた感じになっていた。玉露はうまみの強さをコンデンスして、一滴一滴で飲むのが玉露の面白さで、夏目漱石の草枕でも、うまく表現している。玉露を同じ作り方で、肥料がないと、さっぱりしていいけど、インパクトがないから、拍子抜けの感じ。

環境にやさしいお茶とそのお茶の個性と特徴を生かした作り方
環境にやさしい農法とか、環境にいいビジネスとかよく言われている。煎茶や玉露でも、うまみが品質から離れない限り、肥料はどんどん撒かれて続く。土の保肥能力を上げて、肥料の流出を減らす技術とか、遅効性の肥料を使うとかいろいろアイデアはあるけど、農家がそんなに手間のかかることはしない。有機農業で土をよくして、、、、いろいろいっても、最終の品質でうまみがある限り、肥料はどんどん撒かれていく。

何年も自分の実践と、ローカルのフィードバックで形になってきたのが、肥料のないお茶のリーフをその個性の生きた製茶の方法で作るとこ。

肥料を入れないことは、土と栽培以外にも、お茶のリーフの質も摘採のタイミングも、摘採のリーフの種類も、すごく変わってくる。リーフ自体がすごく違うものだから、最初の殺青の炒りの仕方も、肥料のたっぷり入っているソフトなリーフに比べると、もっとゆっくりと中の香りを引き出す炒り方に自然になってくる。無理に同じ釜温度で、同じ時間だけやろうとしても、リーフが答えてくれない。炒り不足になったり、こげになったり。製茶は原料と対話しているようなもので、作り手のほうも相手の言うことを「聞く」ことが大事。

香りのいいお茶というのは、蒸しより炒りのほうが香りがいい。その炒りの温度でも香りの出方もぜんぜん違う。私も温度の設定を変えて、何回もやっているけど、リーフの質とか品種とか、摘採のタイミングもあるとおもうけどど、後になるほど香りがよくなってきていると思う。釜の温度だけじゃなくて、炒る人の経験と直感がもっと影響があると思う。
いつリーフにたまっている熱を抜くかとか、一番いい取り出しの時とか、味をフラットにならない香りのバランスとか、いつになってもこのタイミングが一番難しい。その日の天気でも、空気の湿度でも、リーフのリスポンスもタイミングもぜんぜん違う。手の感触、熱の具合、リーフの色、香り、蒸気の出方、全部あわせて、最後は経験と直感で決める。

まあ、こんな感じでお茶を作りながら、いろんな人からフィードバックをもらって、すこしづついいお茶になっていくといいです。

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